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● 私の彼氏は・・・ --- 背中で語る男 ●

「・・・合コン?」
先輩の顔に、青筋が立ったように見えた。ついでに言うと頭から鋭い角も生えたように見える。
彼の隣を歩きながら、私は自分の体が一回り縮まったような感覚を覚える
「に、人数合わせにって言うから仕方なく行ったんです・・・」
うん。素晴らしく言い訳にしか聞こえないぞ自分。
でもすっごい嫌な黒い空気が・・・・!!
「で、行く事を俺に隠してたと?しかも人数合わせに行ってまずい事に男が引っかかったと?」
にっこり笑って言う先輩。
・・・ヤバイ。涙出てきそう・・・。
「で、でもっ」
「でも、何?」
うわぁぁ!!だからその笑顔が怖いんですよー!!
「・・・ごめんなさい。」
これ以上の言い訳は逆効果だと思い、私は素直にそう謝った。もう負けるが勝ちだぃ。
「ったく・・・アリサは暢気だからそこにつけ込んで男が寄ってくるんだって。今だってもしこの俺様がたまたま通りかからなかったらお前・・・・・」
そこまで言って、不意に先輩の顔が正に鬼の形相そのものになる。
「アイツ、ぶっ殺してきてイイ?」
「わー!!駄目ですちょっと待ってくださいー!!」
もう走り出しそうな格好の先輩を慌てて引きとめる。
この人は変なところで行動が早い上に、案外やるって言ったらやる人だから怖い。もっと良いところでそういうのは活用して欲しい。
まぁ・・・今回は私が悪いんだけど。
「何だよ、アイツを庇うつもりか?」
ギロリと睨まれる。
い・・いえ、決してそう言うわけではなく・・・・。
「先輩が犯罪者になるのは嫌です・・・よ?」
語尾がおかしいよ自分。
あーもう恐怖で頭がどうにかなっちゃったんだ、きっと。
「大丈夫だ。もし目撃者がいてもそいつが誰かにチクる前にそいつ自身息の根を止めてやる。」
・・・貴方、本気ですね?目逝っちゃってますよ・・・・?
「先輩・・・・」
言葉が見つからず、とりあえず呼びかけて口ごもる。そんな私を少し高いところから見下ろす、この上なく不服そうな顔の先輩。
「・・・・ごめんなさい。」
結局言葉が見つからず、もう1度私はそう謝った。
この人がここまで怒ってるのは私のためなのか、それとも自分のプライドのためなのか。
それがハッキリ分からないから、私には言える言葉が無かった。
もし私のためにここまで怒ってくれてるなら物凄く嬉しい。でも、そうじゃなかったら――
「うぇっ・・・・・」
思わず、嗚咽が漏れた。
「アリサ・・・・?」
不思議そうな先輩の声が頭上から降ってきて、それでも私の中にある何かは溢れ出す。
「な、泣く事はないだろ!?」
反則だとでも言いた気な、戸惑いの声。この人は女に泣かれるのが苦手らしい。
「だって・・・っ・・・!!」
自分で言っておきながら何が”だって”なんだろうと思いつつ、私は本格的に泣き始める。
「あー、俺が悪かった。言いすぎた。合コンは・・・別に怒ってない。俺がむかついてるのはあの男だ。だから・・・泣き止めよ・・・。」
不器用な慰めの言葉はとてつもなく優しくて、それでもこの上なく私の心を惨めにさせる。
「先輩って・・・変な所で優しすぎるんですよぉ・・・!!」
泣きながら、半ば叫ぶように言って。ポカンとするその人の顔が物凄く滲んで見えた。
「・・・は?」
ワケが分からないと言った感じの声をあげ、先輩はうーんと唸る。
それから何を思ったのか、こんな一言。
「なぁ・・・俺ってそんなに怖い?」
「・・・ハイ?」
これにはさすがの私も参った。まさかそんな事言われるなんて・・・ってか、ちょっとは自覚してたんですね。
でも先輩、私が泣いてるのはそんな理由じゃないんですよ。
「・・・ごめん、怖いんだったらもうちょい優しくなれるように頑張るから。でも俺すぐカーッとなる性質だから難しいかもしんねぇけど・・・」
「うぅっ・・・」
「え、何まだ足りねぇ!?俺ほかにどっか悪いところあるか!?」
「そー言う事じゃ・・・ないです・・・。」
たくさんあり過ぎて言えない、なんていえず。曖昧な言葉を並べる私に先輩は顔をしかめる。
「じゃぁ、何で泣いてんだよ。」
ついには本人に聞いた方が早いと悟ったらしく、かなり率直な言葉で私にそう言った。
でも、こればっかりは言えない。言ったら多分、私この場で泣き崩れるから。
本当はもっとずっと前から自分の中に「不安」があった。だって先輩、チャラチャラしてるし。何で付き合おうって言ったのが私なのか分かんないし。
怒りっぽいけど、優しくて。たまにありえないぐらいの優しさを見せる先輩は、余計私を不安にさせる。
今だって、物凄く怒ってたけどそれが私のためなのかプライドのためなのかは分からない。見ての通り「俺様」な人だから、後者も十分ありえるんじゃないかと思う。
だから私は先輩の優しさを感じるたびに不安になる。
自分がこの人の事をどんどん好きになってしまうのが怖くて、捨てられちゃうのが嫌で。
「怖い・・・・・です・・・」
本当はもうずっと前から、怖かったんです。
「・・・・・」
私のカミングアウトを聞いた先輩は、暫し沈黙。
それから、溜息をついて。
「何だよ、やっぱ怖いんじゃねぇか。何でさっき言わなかったんだよ。」
不服そうに腕を組んでそう言った。
・・・いや、そう言うことじゃないんですが・・・
「分かった。アリサがそう言うなら、しょうがねぇからもうちょい優しくなれるように頑張ってやるか。」
「・・・ありがとうございます。」
もう話が別の方向で解釈されてしまった。仕方が無いのでとりあえずお礼を言うと、先輩がニッと笑った。
いつもの笑顔で、少しホッとした。
「あー、でもなぁ・・・・」
と、先輩の声音が変わる。
「さっきのアイツ、どうすんだ?」
「アイツ?・・・・あぁ。・・・あぁ!?」
一旦は頷いた私だったけれど、よくよく考えるとそんな暢気なことも言っていられない。
何しろあの人、私のこと気に入っちゃったみたいだし・・・。物好きな人もいるもんだ。
・・・・いや、そーじゃないね。
「どーしましょ・・・!!」
またな、とか言って去ってったよね?あの人。って事は・・・またどっかで会ってしまう可能性大!?
うっわー。面倒な事は勘弁ですよー!
「今度あったらただじゃおかねぇ。」
「お・・・お手柔らかに・・・」
キラン、と目が光った先輩におずおずと意見すると、彼は手をボキボキ鳴らしながら悪魔の微笑を浮かべる。
「アリサ」
そして、その笑みのまま私の名前を呼んで手招きする。
「はい?」
律儀にそれに答えた私だけれど、その直後の先輩の早業に数秒ぼけーっと突っ立っていた。
「優越感。」
そんな私を他所に、ふんっと鼻を鳴らすと先輩はそう言った。
「せ、せんぱい・・・・・!?」
今・・・今キスしましたよね!?
「あ、そーだ。今度アイツに会ったらキスシーンでも見せ付けてやるか?それも深〜いヤツ。」
「い、嫌です!!!」
カァッと顔が熱くなって、体温が上がって。先輩の言葉に猛反対すると、当の提案者はハッと可笑しそうに笑った。
「何ならそのときの練習でもしとくか?」
「いいです・・・って・・ちょっ――!!」
言い終える前に、再び先輩の唇が重なった。しかもこの人、ちゃっかり人の体抱きしめてる。
さすが・・・・。
いや、何暢気に感心してんの自分。
「アリサはこの俺様が守ってやるよ。」
唇が離れて、その後耳元で囁くようにそう言われた。
緊張のあまりふっと全身から力が抜けて、いろんな意味でまた泣きたくなった。
「それじゃ、帰るか。」
そんな私を他所に、先輩はそう言って何も無かったように私に背を向ける。
それはもう、人の事をもてあそんでるんじゃないかと思うほどの見事な切り替わりようで。
「ま、待ってくださいよ!!」
束の間の放心に浸っていた私は少しずつ離れていく先輩の背中に向かって叫び、急いで自分も駆け出した。
自分はどうしよもなく馬鹿かもしれないと思いながら。
だって、本心も聞いてないのにあんなキスや言葉で不安が無くなるんだから。
でも先輩が優しいのは事実で、私がこの人の事を好きなのも事実。
「ねぇ、先輩」
先輩に追いついて、私は彼の背中に向かって呼びかける。
「大好きですよ」
言った瞬間、先輩の背中がピクリと動き――

彼が歩く速度を上げたのはきっと、赤くなった顔を私に見られたくなかったからだと思う。
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